お布施2
皆さん!おはようございます^^。
今朝の天草は、雨模様になっています^^。
農園では、畦畔の草払いから田んぼの中の除草やタニシへの餌やりで刈り取った後の
草を播いていま~す^^。
さて今朝は、前回の続きです。
* 千日回峰行は辛い修行ですが、これをやったから「偉い」などというものではあ
りません。
この修行で分かったことは「当たり前のことを当たり前にしないといけない」とい
うこと。また、「なぜ私は生まれてきたんだろう」「なぜ生きていくんだろう」などと
考える必要はないということでした。
私たちは、与えられた環境の中で「生きる」というより「生かされている」のです。
そして、呼吸ができるだけで、お水が飲めるだけで感謝。物が食べられて幸せ。それを
エネルギーにして、誰かに自分の暖かい心を表現できるだけで幸せ。夜、眠れるだけで
幸せ。こうした小さな幸せが、本当の幸せだということに気付くようになりました。
難しい宗教哲学や宗教的理論は、あまり必要ないと思います。あってもいいし研究し
てもいいけれど、頭でっかちになってそれを議論しすぎて互いに争うことは、短い人生、
非常にもったいないことです。
膝を突き合わせた人と人とが心を通い合わせ、笑顔で相手を思いやる。それが一番の
幸せではないでしょうか。
「布施」という言葉があります。「人に施す」という意味です。たとえお金や物がな
くても私たちにできる布施があります。
➀ 人にやさしい言葉をかけてあげること。これを「愛語施」といいます。
➁ 人にやさしい笑顔で接すること。これを「和顔施」といいます。
優しい笑顔や言葉をかけられた人は、心が潤い、それが生きる光となるのです。
この「愛語施」や「和顔施」の功徳が地域や国、やがては世界の幸せにつながっていく
のだと私は思っています。
・・・これでお布施はおしまいです^^。・・・
では、「幸せになるための一日一話」です。
真実は心の中にあり
物は、一つの所につかまって、そこだけ見ては、ほんとうの
ことはわからぬ。「井の中のかわず」とか、「針の穴から天の
ぞく」とか言うのはそのことであろう。
高い所に上がって見下ろしてみる。万事のんきである、と心
がきまれば問題はない。
真実は、物そのもの、事そのことの中にあるのではない、実
は自分の心の中にあるのである。
一歩退いてみよ。あれがいけない、これが悪いと思ったその
種子は、その人や物にあるのではなくて、自分にあるのだ。
* 今日の道しるべ
願いは行動の
原動力である
動物も欲求をもつが、願望は人間だけが抱く。
その願望が文化を生み、はぐくんできた。
願いは強ければ強いだけ、実現に近づく。
強い願望に支えられて、やっただけのことが、
必ず結実成就する。
・・・今日も皆さんに何か良いことがありますように!・・・
(あなたの健幸から地球環境善循環へ向けて!)
健幸一番楽らく農園